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私訳 歎異抄
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カスタマーレビュー
おすすめ度:
五木寛之氏の手による現代人が親鸞の教えに触れるための貴重な書である。
(2008-12-30)
この五木寛之の『私訳歎異抄』は、五木氏の「主観的な現代語訳」であり、従って氏が述べるごとく「唯円が歎く親鸞思想からの逸脱かもしれない」。しかし、親鸞が『大無量寿経』というテキストを大胆に読み替えたと同様、親鸞思想を説く『歎異抄』を、五木氏が「自分の見解」にこだわった」意訳とも言えるこのような現代語訳が出版されたことは、誠に素晴らしい偉業であると思う。浄土真宗を家の宗教としている方はもちろん、是非、一人でも多くの方に
本書を読んでいただきたいと願う。
親鸞や、その教えを長年、追いかけ続けている五木氏の手になる書だけに
本書の価値は一層増すのであろうと思うものである。
なぜ私「訳」なのか
(2008-09-16)
歎異抄ほど好き勝手に蹂躙されているテクストもないんじゃないか。
教行信証ほど読み解くのに苦労もしないし、原文と適度な注釈があればいいじゃないの。
二三度音読すれば意味も通じてくる。
逆に現代語に直せば意味が逃げる。
自分独自の解釈を披瀝したいのなら、私「註」歎異抄とでもすればよい。
日本思想史のなかで、一二とされる和文の名文を、「訳」するという発想が理解できない。
親鸞の時代と現代との共通性。
(2008-07-15)
不思議に思いましたのは、聖書、論語、仏教の経典などお弟子さんが師の言葉を残す為に文字に現したものです。歎異抄も同じように、親鸞上人の教えを唯円というお弟子さんが綴ったもので、今に至るまで親鸞の思想を伝える役割を果たしております。それをさらに五木さんが現代人にも通じる訳を与え、私にもその一端が理解できるようになりました。最近、仏教に関する書物を目にすることが多いのですが、親鸞の生きた時代は飢饉から飢饉という非常に世情厳しい時代であったようです。そこが現代の日本と似通っており、民衆の求める安心が仏教の教えに見つけられるのではないかと思います。ある時期弾圧を受けながらも、易行の念仏を説いてゆく親鸞の圧倒的な精神の力を感じました。五木さんの私訳、原典、五味文彦(放送大学教授)氏の解説「親鸞とその時代」の構成になっており、五味氏の解説が歎異抄を読み解くのに助けになりました。
念仏
(2008-03-26)
唯円聖人は、親鸞聖人の愛弟子であり、世相を
嘆かれて、歎異抄をかいた。
これは、お経であり、「いわんや悪人をや」
とかかれたのは、仏の慈悲である。
親鸞聖人は、法然聖人のでしであり、
ブッダは、ヒンドゥー教では、神の生まれ変わりである。
仏教に関する基礎知識がないとつらいかもです。
(2008-02-06)
私がまずこの本を手に取ったのは、五木寛之という作家と、仏教の内容に興味を持ったからです。全部は読んでませんが、15ページほど立ち読みしてのレビューになります。
内容ですが、タイトルのとおり歎異抄について五木さんが解説してくれるという形式ではなく、歎異抄の訳になります。そしてその内容は仏教の教えに関するものなので、ある程度の仏教の基本的な知識がないとこの本の面白さは、半分以下になってしまうのではないでしょうか?
よっていきなりこの本を手に取るのではなく、他の本などで仏教的世界観の概要をつかんでおかれれてその上で興味を持ったのならより楽しみめる本だと思います。
主な内容は、「他力本願」です。
おすすめ度:
五木寛之氏の手による現代人が親鸞の教えに触れるための貴重な書である。
この五木寛之の『私訳歎異抄』は、五木氏の「主観的な現代語訳」であり、従って氏が述べるごとく「唯円が歎く親鸞思想からの逸脱かもしれない」。しかし、親鸞が『大無量寿経』というテキストを大胆に読み替えたと同様、親鸞思想を説く『歎異抄』を、五木氏が「自分の見解」にこだわった」意訳とも言えるこのような現代語訳が出版されたことは、誠に素晴らしい偉業であると思う。浄土真宗を家の宗教としている方はもちろん、是非、一人でも多くの方に
本書を読んでいただきたいと願う。
親鸞や、その教えを長年、追いかけ続けている五木氏の手になる書だけに
本書の価値は一層増すのであろうと思うものである。
なぜ私「訳」なのか
歎異抄ほど好き勝手に蹂躙されているテクストもないんじゃないか。
教行信証ほど読み解くのに苦労もしないし、原文と適度な注釈があればいいじゃないの。
二三度音読すれば意味も通じてくる。
逆に現代語に直せば意味が逃げる。
自分独自の解釈を披瀝したいのなら、私「註」歎異抄とでもすればよい。
日本思想史のなかで、一二とされる和文の名文を、「訳」するという発想が理解できない。
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不思議に思いましたのは、聖書、論語、仏教の経典などお弟子さんが師の言葉を残す為に文字に現したものです。歎異抄も同じように、親鸞上人の教えを唯円というお弟子さんが綴ったもので、今に至るまで親鸞の思想を伝える役割を果たしております。それをさらに五木さんが現代人にも通じる訳を与え、私にもその一端が理解できるようになりました。最近、仏教に関する書物を目にすることが多いのですが、親鸞の生きた時代は飢饉から飢饉という非常に世情厳しい時代であったようです。そこが現代の日本と似通っており、民衆の求める安心が仏教の教えに見つけられるのではないかと思います。ある時期弾圧を受けながらも、易行の念仏を説いてゆく親鸞の圧倒的な精神の力を感じました。五木さんの私訳、原典、五味文彦(放送大学教授)氏の解説「親鸞とその時代」の構成になっており、五味氏の解説が歎異抄を読み解くのに助けになりました。
念仏
唯円聖人は、親鸞聖人の愛弟子であり、世相を
嘆かれて、歎異抄をかいた。
これは、お経であり、「いわんや悪人をや」
とかかれたのは、仏の慈悲である。
親鸞聖人は、法然聖人のでしであり、
ブッダは、ヒンドゥー教では、神の生まれ変わりである。
仏教に関する基礎知識がないとつらいかもです。
私がまずこの本を手に取ったのは、五木寛之という作家と、仏教の内容に興味を持ったからです。全部は読んでませんが、15ページほど立ち読みしてのレビューになります。
内容ですが、タイトルのとおり歎異抄について五木さんが解説してくれるという形式ではなく、歎異抄の訳になります。そしてその内容は仏教の教えに関するものなので、ある程度の仏教の基本的な知識がないとこの本の面白さは、半分以下になってしまうのではないでしょうか?
よっていきなりこの本を手に取るのではなく、他の本などで仏教的世界観の概要をつかんでおかれれてその上で興味を持ったのならより楽しみめる本だと思います。
主な内容は、「他力本願」です。
>>>詳しくは私訳 歎異抄
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